絵をみること、かくこと

先日、ある方の個展に行ってきた。

 

海の気配のする場所。はじめて行く場所。スマホ片手に、この道で合ってるだろうか?と少々不安になりながら、うねうねした道を進む。

ふと見ると、目指していた個展の案内版があった。

わくわくと、どきどきで、なんだかふわふわするような感じを覚えて階段を上り、その個展にたどりついた。

その個展には、猫を中心とした、パステルの作品が展示されていた。

まるで写真かと思うようなもの、ゆるっとしたもの。いろいろな表情の動物たちが、そこにはいた。

遠目で見てみたり、近づいてみたり。細かく描いているようで、実は大胆に描かれていたり。そしてやはり細かく描いてると思ったり。

作品を見ているうちに、他のお客さんが去っていき、作家さんと2人きりになるタイミングがあった。

「猫や絵が好き」という共通点をもとに、少しの会話。そして、台風の心配のこと。

思えば、「作家さん」という存在とお話しするのは、はじめてだった。

個展に行く、ということも、はじめてだったと思う。

サインをいただく、ということも、はじめてだった。

人生初、が連発していた。

帰りの電車で、「やっぱり帳簿に名前と住所書いたらよかったかな?サイン、せっかくなら8月のページ(個展でカレンダーを買った。8月は誕生月)にもいただけばよかったかな?」と若干の後悔を覚えつつ帰路へついた。しかし、それ以上に、「行ってよかたな」という気持ちがあった。

絵をみることも、かくことも好きだ。それを再認識した。

絵をみることは、最近よくするようになった。いろんな展覧会が気になる。

絵をかくこと、復活したいと思った。今たまにやってる落書きだけでなくて、何か本格的な作品を1つ、描いてみたいと思った。

絵を描く、ということは、結構根気や時間がいる。いつからか、「こんな絵、見せられない」という感覚が芽生えてきていた。高校のときはイラスト部で、よく絵を見せ合ったり、大学時代に、友達に頼まれてアニメキャラクターの絵を少し描いたのが最後か。

少し、リハビリが必要かもしれない。「描きたいから描く」をできるように。

学びたい、走りたい

ここしばらく、「英語や介護の勉強をしたい」と思っている。

前者は、英語ができない歯がゆさをここ近年感じたため。

後者は、職業柄。かつ、大学時代できなかったこと。

 

英語について。

ここ近年、外国籍の方と交流する機会を得て、現在も月1、2日くらいで会う。少しの挨拶くらいならなんとかなるが、How are you?と聞かれた時に、I'm fine.以外の答え(例えば、「今日は夜勤明けで、少し眠いです」)ができないことが、なんだか申し訳ないと思った。英語での会話に全く入れないのも、なんだか寂しい。

さらに来年は東京オリンピック。近い将来、英語を話す人が今よりもっとこの日本で仕事したり、暮らしたりするかもしれない。何かのきっかけで、自分が海外に行くかもしれない。

今は職場では英語は必要ない。利用者さんや家族は皆日本人。しかし、もしかしたらいずれ、日本語が全くわからない人がやってくるかもしれない。日本語にしか馴染みがないから、たどたどしくなると思うが、日常会話くらいは話せるようになりたい気がする。

 

介護の勉強のこと。

職業柄、福祉や介護の知識が必要。職場の研修や先輩・上司の指導等で、一応一通りのことはできる。知識としても、なんとなくはある。しかし、もっと形のあるものが欲しくなった。介護福祉士、という資格だ。

本来なら、大学時代にとれないこともなかった。しかし、「マルチタスク」がとことんできない私は、当時社会福祉士の勉強に絞った。結果、社会福祉士の国家試験を合格できたので、後悔はない。しかし、「やっぱりとりたかったな」という気持ちがくすぶっている。それが今の職場に就職してからもずっとくすぶっている。

 

それからもう一つ。走りたい。

きっかけは、NHKの「筋肉体操」や大河ドラマ「いだてん」

まず、「筋肉体操」で、体を動かすのは意外に楽しいということに気づいた。運動音痴で、体育という授業はとことん苦手で、そのせいで運動なんて嫌いだと思っていたのに。これのおかげで「体を動かすのは好き。体育の授業のありかたが合わなかったんだ」と思えるようになった。できる子と比べられてしまうのが、苦痛だったのだ。

「いだてん」では、金栗四三さんに触発され、ちょっと仕事帰りに走ってみたら、なんだか気持ち良かった。「学校ではスッスッハーで習ったけど、金栗さんのスッスッハッハーの方が、自分には走りやすいぞ!?」とびっくりした。

出勤前の数分で軽く筋トレしてみたり、たいした距離は走れないけど、時々仕事帰りに走ったりしてみたら、なんだか猫背が改善された気がする。

次第に、近くの川沿いを走ってみたいと思うようになった。

人生どうなるかわからないものだ。

 

勉強も走ることも、いまは「したい」だけで、具体的にどうしたらいいかはまだわからない。けれど、最近英語の単語帳を買ってみた。介護福祉士の受験資格に必要な実務者研修について、上司に相談してみた。川沿いを定期的に散歩することからはじめてみようと思っている。

これからどうなるだろうか。

この3つ、どうにか自分のものにしたい気がする。

私と、ウルトラマン

ウルトラマン、という存在は、物心ついたころにはすでに知っていた。

あまりよく知らないながらも、ウルトラマンとは、ヒーローで、強いということは知っていた。どこで知ったのか、両腕をクロスさせて「シュワッチ!」と遊んだ記憶がある。

ウルトラマンとはじめて、対面で会ったのは、おそらく、プラネタリウムだ。

今はもうない、何かのビルの屋上に、そのプラネタリウムがあり、幼稚園や小学生の頃、毎年夏になると母に連れて行ってもらった。それが、毎年夏の楽しみでもあった。いろいろな子供向けのプログラムをみたと思うが、なぜか唯一覚えているのが、ウルトラマンの作品だ。

だいぶ経ってから、それは「ウルトラマンティガ 光の子供たちへ」という作品だったらしいと判明した。当時は「ウルトラマンだー」くらいの認識しかなく、ウルトラマンはたくさんいるということもわかっていなかった。

プラネタリウムでみたウルトラマンはティガであるとわかったのは、今から数年前だ。

それまでは、あのウルトラマンは誰だったのか、わからなかった。おぼろげながら覚えていた数少ない手がかりは、作品の最後に流れた曲と、女の子のセリフにあった、「瑠璃色の風」という言葉だけだった。(思えばこの「瑠璃色の風」という言葉がきっかけで、「ことば」というものに興味を持つようになったのだが、それはまた、別のお話)

数年前に、ふと思い立って調べて、やっと判明した。

幼いながらに、何を歌っているかよくわからないけど、心弾むような曲。

何を意味しているかわからないけど、綺麗な表現だと感じた、「瑠璃色の風」。

今ちゃんとみたら、ちゃんとわかるかもしれない。ほのかな期待をするけれど、映画館のように、次から次へと、新しい作品がプラネタリウムにも入ってくるようで、もう、この作品はやってなさそうだとわかったときは、少し寂しかった。

映画なら、そのうち金曜ロードショーで放映されたり、DVDが出てくるが、プラネタリウムとなると、そうはいかない。もう出会えない、ということだろうか。

プラネタリウムでみたウルトラマンを知るほぼ同じ時期、オーブやゼロ、ジードと出会った。きっかけは、妹がみていて、たまたま一緒にみたことだ。彼らもヒーローで、強い。そして、私たちと同じように、悩んだりするということも、ここではじめて知った。

今では、ウルトラマンはたくさんいて、今も新しいヒーローが誕生しているということは知っている。しかし、ジード以降は見ていないので、今はどんなウルトラマンが誕生しているのか知らない。でも、たしかに新たなヒーローは誕生し続けている。今も、これからも。そして彼らは、子どもたちをはじめ、多くの人々を勇気付けている。そう、確信している。

ゆるい朝読書、はじめてみた

読書が好きです。

しかし、仕事し始めてから、なかなか読めなくなりました。

一人暮らしをはじめてさらに読めなくなりました。

読みたい。読めない。どうしよう?

通勤中の車内では、酔いそうになる。夜は眠くてしょうがない。

じゃあ、休みの日は?休みの日もそれなりにしたいことがあって、本が読めない。

 

でも、生活に慣れ、仕事がある日でも、朝は少しゆっくり過ごせている。

そうか、朝読めばいいんだ!!

 

そんな経緯で、数日前から、「ゆるい朝読書」、はじめました。

朝の数分だけ、数ページだけ。

それだけで、なんだか朝から充実感があります。

朝から気分よく過ごせるので、しばらく続けてみようと思います。

本屋でかけてもらったカバーを外してみたら

少し前、ふと思い立って本棚をながめてみました。

漫画が少しと、好きな人の本、参考にしている本。

どれも大切なものだけれど、なぜかパッとしない気がする。

あの本を少し読みたいと探す。若干の間。

パラパラとめくる。この瞬間が、結構好き。

もう一度、本棚をながめる。

ぎっしりと入っているのに、なんとなく殺風景。

多くの本は、実家暮らしの時からあって、引っ越すときに持ち込んだものです。

実家暮らしのときは「自分の部屋」というものがなく、どんな本を買ったか知られたくないという、なんとも自意識過剰な思いで、本屋ではいつも本屋のカバーをかけてもらっていました。そしてそのまま本棚へ。

そのカバーを外さなくても、なんとなく厚さとかでどの本かわかるのですが、このカバーが、実は殺風景の原因ではないかと、試しに本屋でかけてもらったカバーを全て外してみました。

タイトルがあらわになって、ごちゃつくかと思ったら、そんなことはなく、むしろわかりやすくなりました。それから、なんとなく、すっきりした気がする。

そして、思いました。

「ああ、ここは何も気にしなくていいんだ。自分の好きなもの・興味のあるものでうめたって、見るのは自分だけじゃないか」

気になる本を、好きなように読める幸せを感じました。

気になることを、どんどん吸収していく決意もできました。

最近は、今まではあまりやってこなかったことにも挑戦中です。

今は、ストレッチを少しずつやっています。慣れてきたら筋トレもしてみたい。(小学校から運動嫌いだったのに、時間が経つと変わるんだなと、自分に驚いています)

 

ただ、仕事や家事、いろいろの用事で、なかなか本が読めないのが最近の悩みです。

来年の日記帳と、最近の試み

来年の日記帳として、EDiTを選びました。

 

今年は、ほぼ日手帳に日々の諸々を書いていました。

しかし、なんとなく、下にある格言みたいなものが時々、「邪魔だな」と思うことがありまして。

来年もほぼ日にしようかと思ったけれど、これというカバーも特にない。いや、今年のカバーをまた使えばいいか、とも思うけれど、何か違う。

そういえば、去年、ほぼ日手帳を選ぶ時、EDiTも気になっていた。

なんだか来年は未来に向けて奔走してみたい。そのためのフォーマットもあるみたい。じゃあ、来年はこれにしてみよう!と思いまして。

 

来年は何を書こうか、早くも考えています。今年は雑多に書いてたので、ちょっと読みづらい。なにかテーマを決めてみようか、なんて。

 

それからもう一つ、最近、バレットジャーナルなるものをやってみています。バレットジャーナルをしっかりやってるかというとそうでもなく、いわゆる「デイリー」の部分だけですが。だから、「TODOリスト以上バレットジャーナル未満」というところでしょうか。それでも、かなり日々やりたいこと・やるべきことがはっきりして、消化できてて、いい感じです。これが定着するか、飽きるか。わからないけど、しばらくやってみます。

今、青春がきている

なんだか最近、「今、青春がきている」と感じています。

 

おしゃれしたい。

やりたいことがある。

学びたい。

 

そういう、「自分の興味を大事にして行動したい」欲求に、最近駆られています。

具体的には、

・ファッションにやっと興味が出てきた。ワンピースとかブラウスとか楽しみたい。

・メイクやヘアケアに力を入れてみたい。

・小学生からずっと体育が大嫌いだったのに、なぜか今、すごく体を動かしたい。

・ヨガをやってみたい。

・ダンスしたい。

・資格関係の勉強がしたい。

・聖書をもっと味わいたい。(あまりブログで触れてなかったと思うのですが、実は私、クリスチャンです)

 

こんな感じです。

羅列すると、結構あるな。

 

中学生くらいからずっと、思えばやりたいことを人目を気にして気づかないようにしていた気がします。

気にしてしまうという自意識過剰な部分を、最近やっとやわらかくできてきた感じ。

一人暮らしになって、親の目も入らなくなって、なにかが解放されたような感じです。(親と仲はいいですよ!念のため)

 

人は、それぞれのペースがある。ある公式を一発で覚え使いこなせる人もいれば、時間をかけてやっとわかるようになる人もいる。ファッションの興味関心だって、小さいころから興味しんしんの人もいれば、私のように、社会人になってやっと興味が出てくる人もいる。もしかしたら、おばあちゃんになってから興味を持つ人もいるのかもしれない。

 

今私が、先ほど羅列した内容に興味を持ったのは、私にとってベストなタイミングなのかも。

せっかくだから、いろんなことを自由にチャレンジしてみようと思っています。

実際に、「体を動かしたい、ヨガやダンスがしたい」ということについては、最近、あるジムに見学に行ってみました。次は体験してみたい。ファッションについては、骨格診断やパーソナルカラー診断を受けてみました。

これから何がどうなっていくかわからないけれど、これからいろいろ、楽しんでみたいなと思います。