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2017年にやりたいこと

遅刻気味な気もしますが、あけましておめでとうございます。

 

2017年、何をしたいか考えてみました。

 

考えるにあたって、以前から興味のあった、「100のリスト」なるものを実践してみました。

100個も思いつかない。やっと20超えたところです。

カテゴリー分けも面倒でやってなかったりして、我流ではありますが、案外楽しいですね。

そんな感じでリストを書いている中で、自分が今年やたいことが見えてきた気がします。

 

一言でいえば、「やりたいことをやる」です。

 

具体的に言うと、例えば、

中学生の頃からつきあっているニキビとさよならしたい。

言葉遣いをきれいにしたい。

仕事を一生懸命がんばりたい。

たくさん本を読みたい。

 

と、いったところでしょうか。

どうやら私は、自分の中や周りをきれいにしたいという思いがあるようです。

もっといえば、「きらきらしたなにか」になりたいのかもしれません。

 

思い返せば、今まで私は、何かと理由をつけては「本当はやりたいこと」に目を背けていたような気がします。主な理由として、「自分がやるのは変な気がする」「やりかたがわからない」「時間がない」「他にやることがある」などなど。

ずっと「こうしたい、ああしたい。でも」という思いがあるということは、まぎれもない事実。だったら、今年ぐらいは、やりたいと思ったら、周りを気にせず即やってみてもいいのではないか。

そう思ったのです。

 

 

今週のお題「2017年にやりたいこと」

今年の漢字

2016年、どんな年だっただろうか。

 

この記事を読んで、具体的に考えてみようかなと、思い立ってみました。

midori32.hatenablog.com

 

今年の私の漢字は、ずばり、

 

 

だと思いました。「変化」の「変」。

 

なぜそう思ったのか、書いてみようと思います。

 

気持ちの変化

今年、ブログをはじめました。今までは読むだけで、自分が書くなんてとんでもない。そう考えていました。でも、書いてみたいこと、秘密にしときたいけど書き残しておきたいこと、それらを書ける場所__ある意味「秘密基地」が欲しくなって、はじめました。

まだまだ手探り状態で、文章もかたい印象で、拙いですが、こうやって、考えやら思いやら、たまにちょっと恥ずかしながら、詩のようなものを書いてみたり、そういうのが好きだなと思いました。

また、就活を機に、「自分は何が〇〇か」ということを考えるようになりました。

何をしたら心安らげるか、どんなファッションが好きか、自分にとって必要なものは何か、などなど。自分のことを理解していくことで、自己肯定感のようなものが出てきたような気がします。時には「もういやだああ」となることもあるけれど、「今日もいい天気、空が青い、幸せ」とも思える。もっと、なんていうか、自分にOKサインを出せるようになりたいと思います。

 

節目の年だった

今年は、大学4年生ということもあり、就職活動がありました。

何度も壁にぶつかっては、「どうせ自分なんて何の価値もないんだ…」とふてくされて、へこんで、悲観的になること多数。それでも、続けなければ内定のきっかけすら得られない。でももう動きたくない。そんな悪循環にとらわれていました。

それらは皆、「自分と向き合う」機会だったと思います。自分の知らない自分を見つけたり、自分の本当の本音を探ったり。正直いって就活中は辛いと思うことが多かったです。

でも、向き合う方法を自分なりに見つけたり(例:自分ノート - 時を刻んで)、就活中に出会った人事やトップの方と話したり、最大級に迷ってしまっていた時は、某就活サイトの自己分析セミナーに行ってみたり。そういったことで、自分と向き合う訓練ができたのかなと思います。

就活の最後の方では、なぜかそのタイミングで、「目指したいもののきっかけや原点」を思い出して、最終的に突き進むことができました。その後の面接では、いちばん自分らしい言葉で、落ち着いて挑むことができました。

2017年4月から社会人。まだなんとなくしか実感がわかないのですが、がんばろうと思います。

 

来年の漢字は

来年の漢字はどうなるでしょうか?

来年から社会人になる。はじめて働く。はじめての場所。はじめましてのたくさんの人々…

たぶん、「始」になると思います。

不安と緊張が入り混じってます。でも、ずっとやってみたいと思っていた。そう思うと、わくわくします。

いろいろなものを吸収し、成長する。そんな年にしたいです。

 

最後に、このブログを読んでくださった皆様、ありがとうございました。

よろしければ、来年も、よろしくお願いします。

机上の改革・後編

ついに、ついに机の上の棚を外しました。

 

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思ってた以上に快適です。

「勉強のために参考書を置く」がスムーズになりました。

広々していて、いいです。

しかし、すっきりした分、本棚のごちゃごちゃした感じが気になってきたような。(写真には入りきれてないどころか、ほとんど写っていませんが、ちょっと気になる。ちなみに、スマホと目覚まし時計は、左側の棚に置いてます。)

また、うっかりしていると、鉛筆やシャーペンを向こう側に落としてしまいそう。落としてしまったら、下に謎の棚がある都合上、またごそごそと机を丸ごとひっぱりださないといけないので、それが大変そう。意識的に、落とさないようにすれば、大丈夫だと思うけれど。

油断していると、すぐプリントやら教科書やらでぐちゃぐちゃになってしまうので、気をつけないとなと思います。このきれいさを保ちたい。

机の上の棚、圧迫感があったので、年内にとることができて、すっきりしました。

あとは教科書やプリントなどの整理をしたいところですが、1月末まではバタバタしているので、それまでは現状維持を意識できればと思います。

本との付き合い方を模索する

私は、「本は買って読みたい」タイプです。

たぶん、「持たない暮らし」「ミニマリスト」「シンプルライフ」を志す人としては、「図書館利用」がいちばんいいのだと思います。所有物を増やさずに済むので。もっといえば、お財布にもやさしい。

けれど、私にとって「図書館利用」は、少し抵抗があるのです。

図書館には「返却期限」が存在する。それが、どうも苦手。ゆっくりじっくり読みたいので、2週間では足りない。

また、読みたい本がすでに誰かに借りられていて待たなければならない状態が、苦手です。せっかちかもしれない。読みたいと思ったら、できるだけすぐに読みたいと思う。

 

それから、もうひとつ、思うところがあるから。

それは、「その本を買うために払ったお金が、書いてくださった方、筆者に本を出すきっかけをくださった出版社、置いてくださった本屋さん、その他関係者に届くのなら、微々たるものかもしれないけれど、届けたい」という思いです。

ただの思い過ごしかもしれないけれど、直接会えない分、そういう風に「読みます」「これを求めていた」「あなたの考えが好き・興味がある」などを伝えたいと考えるからです。

 

 なので、基本的には「買って読む」。

買うまではいかないけど、1回読んでみたいと思ったら図書館かな、と計画中です。

 

それでも、「買って読みたい」本の方が、多いのですが。

なんにもないにあこがれている。だがしかし

少しずつ、「私の周辺最適化計画」(今名付けました笑)を進めています。

そこで発覚してしまった、私の弱点。

それは

 

本の断捨離ができないこと!

 

明らかにもう読まないだろうと思う本は、迷わず処分なりBOOKOFFに持って行くなりできます。

しかし、他の本はどうにも踏ん切りがつかないのです。

この本、もう絶版かもしれないしな…

また読みたくなるかもしれないしな…

 

今すぐしなくても、卒業したら教科書系は処分するので、そのスペースはごっそり空きます。なので、今やらなくても別にいいのです。

しかし、なぜか、今、どうにかしたくてたまらない。

本だけではなく、いろいろなものを分別して、快適な空間にしたい。

 

 

もしかして、最近読んだ「これ」の影響?

わたしのウチには、なんにもない。 「物を捨てたい病」を発症し、今現在に至ります

【いつかのノート】題名のないなにか

「明日」という存在を

憎みに憎んで呪っても

時止められぬ

過去には行けぬ

 

 

寂しいを通り越して

言葉にならなくなって

でも

一周まわって寂しいに落ち着いた

 

 

泣き虫な僕らは

筋金入りの強がりだ

 

 

 

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これで、「いつかのノート」は終わりです。

私とレビューの距離

選ぶのは結局「自分」なのだから、そんなに正解求めなくていいんだよって話。

 

 例えば本を読みたいと思う。

話題の本、古典、なんか惹かれる、誰かが勧めていたなどなど、いろいろな判断材料があります。どれも気になってくる。

判断材料の1つとして、「レビュー」があります。

面白かった、つまんなかった、いろいろな感想がつまっている。

私の場合、「レビュー」はなるべく見ないことにしています。

それはなぜか。

一時期、「この本、気になるな」と思うたびにレビューや感想を検索していました。しかしいろいろな意見がある。あたりまえですね。

しかし、それらを読んでいくうちに、「私はこの本を読むべきなのか、避けるべきなのか。読みたいけど、読んじゃだめなの?思ったより評価低い…読む意味ないの?」と、頭が混乱していきました。万人にうける本などない。みんなにはつまらなくても、私には面白いかもしれない。そう思っても、他者の意見に引きずり込まれてしまう。その感覚に疲れ、「本を買う前に他人のレビューを調べる」ことはやめました。

そもそも今まで自分の感覚で選んだ本は、幸運にもどれも面白かった。だからこれからも自分の感覚を信じて選べばいいじゃないか。

そう思い、表紙やあらすじなどを見て、「読みたいか、そうでもないか」で選ぶようにしています。

ときどき、レビューを見てみたい衝動にかられるけれど。

 

もう1つ、これは女性ならではかもしれないけれど、コスメのこと。

最近、アイライナーとマスカラを買いました。前使ってたものでいいかと思っていたけれど、少し「こうだったらいいのにな」と思うところもあり、別のメーカー・ブランドにしてみようと思い立ちました。

いろいろなブランドのアイライナーとマスカラを調べてみました。いくつか候補を絞ったあと、「実際の使い心地はどうなのだろう」と思い、またしても、懲りてないですね、レビューを見てみました。やはりいろんなレビューがある。本のときのように混乱しそう。いろいろな情報で頭がパンクしそうになった結果、「ええい、いちかばちか!思い切って一番気になるものを買おう!」と思い、一番気になるものを思い切って買いました。

新たに買ってみたアイライナーとマスカラは、アイメイクが苦手で普段はほとんどしないのもあり、まだ数回しか使っていませんが、求めていた感じだ!と思いました。

 

情報があふれているこの社会。便利だけれど、便利すぎるゆえに、息ができなくなりそうになる。情報の選択は、自分でしなくてはならない。

私の場合、この「情報の選択」が下手なようで、よく深みにはまって疲れてしまいます。だから、最近は、どれだけ悩んでも、結局自分の直感に頼ってみることにしています。

 

レビューと私の距離感は、離れてるくらいがちょうどいいようです。