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子どもの貧困の話

朝、新聞をめくっていたら、「子どもの貧困」についてが取り上げられていた。世界の41ヵ国のうち、この国はどのくらい良いの?という感じ。

日本は、悪い方から8番目だそうだ。

この国に貧困格差はある、と思っていたけれど、まさかここまでとは。

 

金持ちか、貧乏かで、人生は変わる気がする。

塾に行って、有名難関校に入り、有名企業に入り、まるでレッドカーペットを歩くような人生を送るのが前者。

塾に行けず、ろくに知恵を得られず、働いても生活がましにならないのが後者。

極端な例えだけど、貧困格差について私はそう思っている。

ちなみに、私はどちらかというと後者の人生を歩んでいる人間だ。今後もその人生を歩む気しかしない。

小学生の頃、3年間くもんに行ったくらいしか、塾に行った経験がない。あとは中学生の頃に集中講座に行ったくらい。

高校生の頃、ある先生から英語をたくさん学べる機会に恵まれた。しかし、それでも、自分の頭の出来が悪いので、学力的には高くない、滑り止めの大学に入った。塾には行かなかった。母いわく、「塾行ったら家計がきつい」からである。

現在は、就職活動中。福祉系の仕事がしたいと思っている。でも一般もまったく気にならないというわけではない。

将来どうなるのだろう。

健康で文化的な最低限度の生活がきちんと保障されていればいいと思っている。そこに旅行したり、ちょっといいものを買う余裕があればもっといい。

しかし、「子どもの貧困」となってはいるが、それは「親の年収」に左右されるのではないか。だから、「子どもの貧困」をなくしたいのであれば、「親の年収」をどうにかした方がいいのではないか。「親の年収」を改善するには、職場の環境や給料も工夫しなければならない。

あれ、道のりは長い。今になってそれに気付いた。

貧困は、なくなるのだろうか。

考える程に、頭が悪い私には難しさを感じるばかりだ。

こんなに規模の大きな課題は、頭のいいすごい人に任せることにしよう。

社会人にもなっていないこの私がここで書き散らしたってしょうがない。

そもそも、これは私の偏見だが、「頭のいいすごい人」は、揃いも揃って金持ちだ。金持ちはこの問題について問題意識を持つものだろうか。

金のために生きているのか、我々は。そんなに金儲けしてどうするの。そんなことを思うのは、きっと負け犬の遠吠えってやつなんだろうな。