「普通」とは

ここ近年の私のテーマはずばり、

「普通」とは何か

ということである。

普通の家族とは、普通の兄弟とは、普通の暮らしとは、何だろう。

 

周りを見ると、どこも家族全員が健常者で、両親が揃っていて、それが彼らの「普通の光景」だ。

私には妹がいる。しかし彼女には軽度の障がいがある。

私には両親がいる。しかし、5年くらい前に離婚し、母子家庭だ。

周りから見たら異質な家族かもしれないが、これが私にとって「普通の光景」だ。

たぶん、こんな状況で生活しているから、こんなことを考えてしまうのかもしれない。それとも、他の誰かも、こんなことを考えたりするのだろうか。

他の家族から見たら、この状況はどう見えるのだろうか。

大変そうに見えるのだろうか、かわいそうに見えるのだろうか。他の家族と変わらないだろうか。

もしかしたら、自分には関係ない別世界の何かだ、と思うのかもしれない。

もしも妹に障がいがなかったら、2人でどこかショッピングにでも行ったのだろうか、お互いの好きなドラマや芸能人の話をしたのだろうか。

友達の、「私のお兄ちゃんがさ...」「うちの妹がね...」という話を聞くと、なんだかうらやましいなと思う。些細なきっかけで兄弟喧嘩とかしてみたかったな。

別に、妹が嫌いというわけではない。むしろ、いてくれるとほっとする。

お笑いとか、面白いことが大好きで、笑顔で、おとぼけなところがあって、赤ちゃんの泣き声が苦手で、でも歌が好きで、がんばりやで、そんな妹は、世界中に1人だけだから、そう考えると愛おしい。

けれど、「障がい者」という存在そのものに嫌悪感を抱いている人からすると、きっと彼女も「いなくなってほしい障がい者という忌まわしい存在」でしかないのかな。

普通って何だろう。わからない。

その人の持つものさしによって、同じものを見ていても「これは普通」「あれは、なんか変」と違っている。

「普通」がどこからか、なんて基準は、ないのかもしれない。社会や自分や環境その他諸々が、勝手に「ここまでは普通、ここから先は異常」と決めているのに過ぎないのかもしれない。